1919(大正8)年に別荘として築かれ、非公開の岩崎別荘、今はなき住友別荘とならび、「熱海の三大別荘」と賞賛された名邸が基となる起雲閣。1947(昭和22年)に旅館として生まれ変わり、熱海を代表する宿として数多く宿泊客を迎え、山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治、舟橋聖一、武田泰淳など、日本を代表する文豪たちにも愛されてきました。2000(平成12)年より、熱海市の所有となり、熱海市の文化と観光の拠点として多くのお客さまを迎えています。 2012(平成24)年には、開館以来の入館者数が、100万人を突破いたしました。
<参考文献 起雲閣(きうんかく)へようこそ|熱海市公式ウェブサイト>

<参考文献 起雲閣の歴史 >
写真2024年9月28日 起雲閣

<参考文献 起雲閣の歴史 >
写真2024年9月28日 起雲閣

<参考文献 起雲閣の歴史 >
写真2024年9月28日 起雲閣

<参考文献 起雲閣の歴史 >
写真2024年9月28日 起雲閣
最初の持ち主であった「内田信也」が実母の静養の場所として建てた別荘。群青色の壁は、旅館となってから塗り替えられたもの。
座敷の三方を畳廊下で囲んだ入側作り(いりかわづくり)
群青色(ぐんじょういろ)が特徴的な壁仕上は、石川県加賀地方の伝統的な技法「加賀の青漆喰」この漆喰は、旅館時代に用いられたもの
<参考文献 SMILE LOG>
写真2024年9月28日 起雲閣
天井と屋根もガラス 天井一面のステンドグラスは、国会議事堂のステンドグラスを造るためにドイツで修業してきた職人が手掛けた。とても明るく綺麗です。
<参考文献 SMILE LOG>
写真2024年9月28日 起雲閣
足元に2万枚の泰山タイルが敷き詰められている。泰山タイルは、池田泰山によって設立された京都の泰山製陶所で造られた建築用装飾タイルの事。その類まれなる美しさは時の建築家たちを魅了し、大正期から昭和初期にかけて関西を中心に日本の近代建築で広く愛用された。
<参考文献 SMILE LOG>
写真2024年9月28日 起雲閣
1958年6月4日 三島由紀夫が新婚旅行で「孔雀」に宿泊
1959年 武田泰淳が「孔雀」に滞在し、『貴族の階段』を執筆
1948年月18日、太宰治が「大鳳」に宿泊。この前後の3月7日?31日は起雲閣別館に滞在し、『人間失格』を執筆
1951年 舟橋聖一がこの頃からたびたび「孔雀」「大鳳」滞在し、『芸者小夏』を執筆
<参考文献 熱海ロマン紀行>
写真2024年9月28日 起雲閣
窓から見える庭園は、まるで山の中にいるかのように錯覚するぐらい緑が多いです。
英国風テイストだが中国風の模様も見られる。
写真2024年9月28日 起雲閣
お風呂自体は、そんなに大きくありません。採光の良い大きなステンドグラス窓と、白とピンクで統一されたタイルが特徴的な「ローマ風浴室」 近年に改修されているが、ステンドグラスとテラコッタ製の湯出口は建設当時の材料を用いて再現されている。当時から肌触りの良さや滑り止めの効果を考えて、浴槽の周りに木製のタイルが敷かれていたほか、畳敷きの脱衣室と化粧室も付設されていたという贅沢な浴室だ。
<参考文献 SMILE LOG>
写真2024年9月28日 起雲閣
庭園の中に石の橋。 風情があります。
写真2024年9月28日 起雲閣
<参考文献 起雲閣の歴史 >
写真2024年9月28日 起雲閣

| 出発駅 | 到着駅 | 電車会社 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 東京 | 熱海 | JR東海道本線 | 約1時間45分 |
| 東京 | 熱海 | JR東海道新幹線 | 約43分 |
※詳しい時刻表yahoo 路線情報で確認
| 出発駅 | 到着場所 | バス会社 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 熱海駅 | 1番のりば 起雲閣前 | 伊豆箱根バス | 約10分 |
| 熱海駅 | 2番のりば 起雲閣前 | 伊豆箱根バス | 約10分 |
| 熱海駅 | 3番のりば 「天神町」 バス停下車 徒歩2分 | 伊豆東海バス | 約10分 |
| 熱海駅 | 6番のりば 「天神町」 バス停下車 徒歩2分 | 伊豆東海バス | 約10分 |
※詳しい時刻表 伊豆 箱根バス
※詳しい時刻表 伊豆 東海バス
| 出発地 | 到着場所 起雲閣 |
|---|---|
| 東京駅周辺 | 約1時間25分 高速使用 |
| 出発場所 | 東京駅周辺 |
|---|---|
| 到着場所 起雲閣 | 約1時間25分 高速使用 |